最近読んだ本 ~ 2021-03

# ブルシット・ジョブ――クソどうでもいい仕事の理論

ブルシット・ジョブ――クソどうでもいい仕事の理論 | デヴィッド・グレーバー, 酒井 隆史, 芳賀 達彦, 森田 和樹 |本 | 通販 | Amazon

一言でこの本をまとめるには問題領域が広いので難しいけど、簡単にまとめると働いている本人でさえ意義を見いだせない、まして社会に害を与えてるのではないかとも思っているようなクソ仕事(ブルシットジョブ)が現代社会で往々にして高給を得て、社会的に必要な仕事が低い給与になっており、近年更にその傾向が加速さえしている現象を分析しその原因とあり得る対策の提言をする。

紹介だとビジネス書みたいに聞こえるけどそうも読めるし、社会学の本としても読めるし、資本主義論の話とも読め、実際この本が対象にする射程は大きく想定読者層は広そうなので「労働」ということについて考えたことのある色んな人に読んでほしいと思った

まずこの本では各業界で実際に働いている人たちの証言をインタビューとして集めながらなぜ社会的に必要とされる仕事(教育、介護、飲食等)への給与が低くて、ただ書類の穴埋めをしたり(ボックスティッカー)大企業でお偉方の取り巻きをしたりするだけの、(特にこれが重要な理由だけど) 本人さえ無価値で社会に害を与えるとさえ考えている職業には高給が支払われているのか、という直感的にはおかしいと思われるけどなぜそれが正当化されているのか分からないような近年の現象を分析していく

p267 「実に、まさにこれ(数量か不可能であるということ)こそ、その(諸価値の)価値にとって鍵となるとすら言うことができよう。商品は他の商品と比較することができるまさに[* そのことによって]経済的「価値」をもつ。それと同様に、「諸価値」は、何者とも比較することが出来ないその事によって価値があるのである。諸価値は、それぞれにかけがえがなく、尺度し得ないものとみなされている。要するに価格のつけられないもの(プライスレス)とみなされているのだ」

p294 「中世やルネサンス期の北部ヨーロッパではほとんどすべての人間が、どこかの時点で汗を流して働くよう求められた。この帰結として、仕事、とりわけ支払い労働(ペイドレイバー)が、人間に変化をもたらすものとみなされるようになるのである。このことは重要である。なぜならそれはプロテスタントの労働倫理として知られるようになるものの重要ないくつかの要素が、プロテスタントが出現するよりもはるか以前に既に存在していたことを意味するからだ。」

p299 「カーライルは最終的に、今日までに通づる結論にいたりつく。すなわち、もし仕事が高貴なのであれば、最も高貴な労働には報酬を与えるべきでは[* ない]。なぜなら、かような絶対的な価値に値段をつけるなど実に低俗ではないか、と(「すべての高貴な労働に対する「賃金」はいまだ天にあり、他のどこにもない」)」

ウェーバーのプロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神で見た天職概念のようにある意味聖域化された労働観念が現代社会でも亡霊のように影響を及ぼしていることを中世期の労働環境などの引用などから示していく。

労働それ自体は私達の存在意義であるところのある程度を担っているのも事実であることが事態を更に悪化させ、この問題が一筋縄では行かないことを実感させる。

例えば刑務所に労務作業があるのは健康のためでもある。法務省の刑務作業の説明より

刑務作業は~中略~また,所内で規則正しい生活を送らせることにより,その心身の健康を維持し勤労意欲を養成して,共同生活における自己の役割や責任を自覚させ,職業的知識及び技能を付与することにより,円滑な社会復帰を促進することを目的としています。

http://www.moj.go.jp/kyousei1/kyousei_kyouse10.html (opens new window)

心身の健康維持も目的であることが明示されている。

実際に独房などで長い期間何もさせてもらえなかった受刑者は脳の働きが衰えアルツハイマー病のような症状が観測されるようになる例があるらしい。

人を簡単に狂わせる方法として掘った穴を埋める刑罰というのがあるけど、それがいかに恐ろしいものかというのは、仕事で少なからずそういったこともやったことのある人には実感しやすいだろう。人は自分がやっていることになんの意味も見いだせなくなると心にダメージを負い、精神的なダメージが身体にも影響を及ぼす。

現代社会はここ100年近くで生産性は数十倍になっており本来であればケインズが予言したような週15時間労働というのも可能になってるはずだが、なぜそうなってはいないのか。

それは少なからず労働に伴う何かしらへの目的性を人間が求めているところもあり、上記の引用にあるような資本主義を推進したところであるプロテスタンティズム的な神学的な労働観念が現代社会でも我々を強く縛り付けているからでもある。(「生産」という概念がどう影響を及ぼしているかをグレーヴァーは分析する)

ここ1年世間を騒がせているコロナ禍は世の中で必要だと思われていた仕事が実際は大した必要性もなく不要不急で、配送や飲食、医療、介護などエッセンシャルな仕事さえ回ってれば特に社会としては直ちに崩壊することもなく問題ないことを示してしまった点でグレーヴァーの分析を裏付けているように思える。つまり、我々が強迫的にやっている自己目的的なブルシットジョブは社会を良くするどころか害を与えさえしていることがあるということに。

p275 ある職業が1ドル得るのに社会にどれだけの価値を付与しているかの調査結果

  研究者 +9ドル

  教師 +1ドル

  エンジニア +0.2ドル

  コンサルタント、IT専門家 ±0

  弁護士 マイナス0.2ドル

  広告マーケター マイナス0.3ドル

  マネージャー マイナス0.8ドル

  金融部門 マイナス1.5ドル

全体的な感想としては、本書でもどちらかというとブルシットジョブ側の例としても挙げられるIT産業で働く身としても実際ブルシットだと感じていることは多いので身につまされるところが多かった。実際自分のやっていることは社会に価値を与えているのか、ともすれば害を与えているだけではないかとIT業界人なら一度や二度ならず思ったことは少なくないだろう。

IT自体は仕事を奪いはするが増やしはせず、ITで増えた生産性を多数のブルシットジョブが何もせずに果実を奪い取る。こういったことは最近だとCOCOAアプリの多重下請け (opens new window)問題で、請負金額の90%ほどで再発注するような企業が多数中間に挟まった結果実際の開発にリソースを割けずに数億かけて動かないアプリを生み出す構造があったことが記憶に新しい。

p338 「実際に自動化(オートメーション)は大量失業を生み出した。わたしたちは、あれこれ効果的な仕事もどき(ダミージョブ)を作り出すことで亀裂を塞いできたのである。」

こういったブルシットジョブを少なくし、本当にやりがいのある実質のある仕事(リアルワーク)をやれるようにするためグレーヴァーはベーシックインカムを提言し本書を終える。死への恐怖から逃れるため、生活のための労働に強迫的に従事することでブルシットジョブが生まれるのなら生活基盤を保障をすることで死への恐怖に怯えることなくリアルワークに従事しブルシットジョブのような仕事ごっこ(メイクビリーブ)で傷つく人たちを少なくすることが出来るのではないかと。

p357 「ベーシックインカムの究極的な目的は、生活を労働から切り離すことにある」

普段私達が考えているような定説化した「働くもの食うべからず」とか「生産性」といった概念が実際は近代資本主義を推進したプロテスタンティズムに影響を受けた多分にバイアスのかかった概念であり、それが逆説的に労働の配分を非効率にさせ世界の生産性を落とす結果になっているとしたらやはり「働く」ということについて改めて考え直した方がいい時代になっているのかもしれない。

もしあらゆる人々が、どうすれば最もよいかたちで人類に有用なことをなしうるかを、なんの制約もなしに、みずからの意思で決定出来るとすれば、いまあるものよりも労働の配分が非効率になるということがはたしてありうるだろうか?

こういった本は読むべきタイミングというのがあって同時代性のうちに読まないと失われるものがあるけど、これはまさにコロナ禍で仕事とは何かということを考えさせられる今の時代に必要な本だと思う。

# マックス・ウェーバーを読む

マックス・ウェーバーを読む (講談社現代新書) | 仲正昌樹 | 哲学・思想 | Kindleストア | Amazon

ウェーバーの「資本主義の精神」論の魅力は、「禁欲」「労働」「営利」という一見すると、互いに異質な三つの要素が、歴史の特定の局面で連動し、資本主義発展の契機になったことを、「天職」概念を軸にしてピンポイントで追跡したこと、そして、それによって経済史の中で(倫理的な)「観念」が担っている役割を探究する方法論を示したことにある。”

仲正昌樹.マックス・ウェーバーを読む(講談社現代新書)(Kindleの位置No.690-693).講談社.Kindle版."

一見歴史的な偶然に見える資本主義の発展がなぜ当時から資本的な商人もいた古代中国でもなく日本でもなく西欧だったのかということをプロテスタンティズムの禁欲的な労働倫理から導き出す逆説的な論理は説得力があって若干騙されてるんじゃないかという感覚さえ抱くけど実際に原書の方(岩波翻訳版)読むと5分に10回ぐらい引用したくなるパワーワードが出てくる。

プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神はブルシット・ジョブでも参考文献として挙げられているので一緒に参照していきたい。

# NHK 100分で名著 ブルデュー ディスタンクシオン

NHK 100分 de 名著 ブルデュー『ディスタンクシオン』 2020年 12月 [雑誌] (NHKテキスト) | 日本放送協会, NHK出版 |  趣味・その他 | Kindleストア | Amazon

社会学繋がりでNHKの100分de名著からブルデューのディスタンクシオン回のテキストを読んだ。結構昔からやってる番組だけど社会学関連の紹介はこれが初めてだったらしい。

テキストは100ページで番組名に合わせたのか分からないけどサクっと読めてよかった

趣味(すなわち顕在化した選好)とは、避けることのできないひとつの差異の実際上の肯定である。趣味が自分を正当化しなければならないときに、まったくネガティヴなしかたで、つまり他のさまざまな趣味にたいして拒否をつきつけるというかたちで自らを肯定するのは、偶然ではない。趣味に関しては、他のいかなる場合にもまして、あらゆる規定はすなわち否定である。"

構造主義系のザ・フランス哲学者といった感じの衒学的な文章でちょっとフーコーを思い出した。趣味というのは社会階層や所属コミュニティによって規定されるもので自分で選んだと思った偶然の出会いというものも存在しないとブルデューは主張する。

「文化資本」とか「社会資本」とか雰囲気で運用していた言葉の元ネタがブルデューだということを知った。

# テッド・チャン - 息吹

息吹 | テッド・チャン, 大森望 |本 | 通販 | Amazon

テッド・チャンといえば「あなたの人生の物語」の映画化でブレイクした感はあるけど、実際本では読んだことがなかったので初テッド・チャンだった

テッド・チャンは普段はIT業界でテクニカルライターを働きつつも作家として活動しているため非常に寡作で19年ぶりの短編集らしい

この短編集の中では

  • 商人と錬金術師の門
  • 息吹
  • ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル

がおもしろかった

それぞれの物語で出てくるガジェットは割とよくありがちなタイムリープものだったり比較的理解しやすいAIだったりするので想定読者層は割と広く感じられる

テッド・チャンはどちらかというとSF的なアイデアのガジェットをベースとして物語を書くタイプの著者でSF自体はフォーマットの一つとして便利なので使っているだけでハードSF的な細部まではあえてこだわらないところはある。賞を受賞してるタイトルは物語としてもよく構成が練られているので万人にお勧め出来る。

また全体として自由意志論がテーマとしてよく出てくる。ハードウェアとしての人体が無くなった時自由意志はどうなるか、ソフトウェアとしてのAIに自由意志や権利はあるのか、そもそも自由意志は存在するのか。またそれと絡めて宗教的な決定論的世界観の中での自由意志はどう扱われるのかなど。

グレッグ・イーガンはハードSFを突き詰める方向で自由意志を扱っているけどテッド・チャンはハードSFに頼らず物語のみで自由意志を扱う。宗教的な決定論的世界観の中でも自由意志になお意味はあるか?決定論が予言機なる未来予知のハードウェアとしても実現してしまった世界で人間はどうなるか(「予期される未来」)などをストーリーテリングの巧みによって描き、その詳細までは説明しない。その塩梅がうまく、SFにしては読後感の爽やかなものが多く読んでいて楽しい。

決定論は宗教的な神学的概念とも関連が深いため物語の中でもよくなんらかの宗教を信仰する人物の信仰の告白が現れる。宗教的世界観と科学的発見が一致しているような世界(天地創造説が考古学的に正しいとみなされている世界)で科学によって宗教的世界観を否定するような発見がなされた時、信仰の危機に直面する科学者の話など(「オムファロス」)

イーガンの「祈りの海」も似たような話があったけど、宗教的世界観にある世界で科学によって脱呪術化していく過程は近代化を追体験しているようでエキサイティングでもあるし素朴な宗教的世界観へのちょっとしたノスタルジーさも感じ物語を語る手法としておもしろい。