最近読んだ本 ~ 2021-12

# データ指向アプリケーションデザイン - Martin Kleppmann (opens new window)

良い本には良い参考文献が多い。

本書も例に漏れず膨大な参考文献リスト (opens new window)がありそれらを読み込むだけで数年くらいかかりそうだ。

参照している文献も分散システムやデータ処理の歴史を変えたような重要な文献なのでどちらかというとこの本は読み終えてからが本番と言っていいかもしれない。

ただこの本の一番の価値は分散システムに関する膨大な資料と2010年代後半までの歴史を1冊にまとめあげて個別の重要な仕事の繋がりを示したことであって、この本のデータ処理に関する歴史学的な価値自体は損なわれないと自分は考えている。

紹介としては一言で言うとデータと分散システムに関する本となるのでHadoopやCassandraのようなミドルウェアがまず思いつくかもしれないが、いわゆるクラサバの1対1のシステム同士ですらネットワーク分割された広義の分散システムでありMySQLに1台レプリカを追加したシングルリーダーレプリケーション構成ですら分散システムとなるので、そう考えると純粋に分散システムでないシステムというのは逆に現代だと少なく、この本の対象読者というのはソフトウェアエンジニアリングに関わる人のほぼ全てになるのでデータ指向という言葉に敬遠せず是非手にとって欲しい。

「一貫性(consistency) 」といった我々ソフトウェアエンジニアが普段あまり意識せずに使っている用語でさえ複数の一貫性モデルがあり、パフォーマンスや整合性とのトレードオフの中でどの一貫性モデルを選択するかを要求されることをこの本では複数のアルゴリズムとそのトレードオフで示していく。

個人的には分散システムを突き詰めていくと論理クロックを考案したランポートのように物理学の相対性理論にも近いような領域に入ってくるのが興味深かった。

ソフトウェアはハードウェアを抽象化したものでありソフトウェアエンジニアから見ると常に完璧に動作するようにも見えるが、現実は相対性理論に支配された物理学的な世界でありAliceが見た光景はBobと同一とは限らないしネットワークは管理者がケーブルを踏めば切断するし正確なクロックを得るにも原子時計でも搭載しない限り難しいし光の速度を超えてパケットは届かないし遅延もするしメモリは宇宙線放射で急にビット反転もする。

そういった物理的限界を超えてシェアードナッシングな複数のシステムが協調して分散して合意を形成していくというのは突き詰めて考えると本当に難しいというのを本書を読むと実感する。そういった難しさを机上ではあるが十分実感することが出来る点においてこの本は読む価値がある。

分散システムの法則1: 本当に分散するべき時を除いて分散してはいけない (opens new window)

Googleでさえ完璧に分散システムを構築出来るわけではなく多数の理論的背景と膨大なリソースを注ぎ込んだソフトウェアエンジニアリングをしてやっとなんとか運用出来ている惑星規模での分散システムの一部を普段我々は享受しているだけだが、自ら運用しようと考えた時にこのような理論的背景を解説した本があるというのはとても心強い。

読書メモ (opens new window)を取りつつまた読み進めたい。

# ある島の可能性 - ミシェル・ウェルベック (opens new window)

フランスでカルト的人気を誇るミシェル・ウェルベックの長編。クローン技術で同じ人間を何度も再生するようになり不死を獲得した未来人の世界でダニエル25(25世代目のダニエル)がそのオリジナルとなったダニエル1(現代でのダニエル)の記録を俯瞰的な態度で眺める。

大筋としてはシンプルだがウェルベックらしいシニカルな態度と露悪さと鋭い言葉でSFという舞台設定で描いていくのは思ったより相性がよいのではと思った。現代への冷えきった冷徹な視線とタブーをえぐり出す舞台装置として未来と現代を比較するSFという媒体を選んだのが成功している。

ウェルベック自体読むのは初めてでとにかくシニカルで露悪的なので最初は「うっ」となりページをめくるのが億劫でしばらく寝かせたりした。読者の顔面に冷や水をぶちまけるような言葉の刃に時折背筋が寒くなる。ただある程度読み進めるとそれは意図的にやっているアートスタイルなんだと納得してページを進めることが出来た。

以下メモした引用

人間が笑い、そして人間だけが動物界においてこの恐ろしい顔面変形を顕すのだとすれば、それは動物の本質であるエゴイズムを通り越し、残酷のすさまじい最終段階にまで行き着いたということも示している。

笑うという行為は本来攻撃的な物で獣が牙をむく行為が原点である - シグルイ 16巻

真の現代国家だけが、老人を完全にごみ扱いする能力を持つ

あと四、五年もすれば、ようやくみんなも気付くでしょう。愛から友情、つまり強い感情から弱い感情への移行は、あきらかに序章にすぎず、やがてはすべての感情が消えるということにね。

時折同時代的であまりにも鋭い角度の批評を投げかけてくるので面食らってしまう。「服従 (opens new window)」は発行した日にシャルリー・エブド襲撃事件 (opens new window)が発生し、予言の書と呼ばれたことでも有名。

変革者というのは、世界の残忍さをそのまま受け入れ、そして一段と激しい残忍さで世界に応酬できる人間のことを言うのだと思う


-- 僕には世界の残忍さを受け入れることができない。どうしてもできない、それだけのことだ。

この世界は、それ相当の力で襲いかかれば、最後には汚い金を吐き出すものだ。しかしけっして、喜びは与えてくれない。

ショーペンハウアー譲りのウェルベックの厭世節は切れ味が鋭い

主人公ダニエルは愛に救いを求めるがそれも結局は自分を死に追いやることを知りつつ手を出してしまう

いくら誰もがある程度の抵抗力を持っているといっても、いずれ誰もが愛のために死ぬ、というよりも、愛の欠如のために死ぬのだ

誰かに心底夢中になってしまった場合に、唯一生き残れるチャンスは、相手の女性に自分の気持を隠し、どんな場面でも、とにかく気のないふりをすることにある。この事実ひとつとっても、なんと悲しいことだろう!なんと痛ましい咎を人間は受けているのだろう!…

中盤までは世の中に対する呪詛をダニエルがひたすら呟く風景が続くので途中少しだれるが(それが読者の求めてるとこでもあるけど)、中盤以降でダニエルが救いを見出す新興宗教が未来人(ネオ・ヒューマン)の原型を創造するあたりはSFらしくおもしろく読めた。

# 三体III 死神永生 - 劉 慈欣 (opens new window)

2021/06邦訳発売なので少し前だけど久しぶりに発売を待って当日に即注文し睡眠時間を削って読んだ本だったので。

まずエンタメとしてよく出来ている。そして翻訳も良い。

三体II黒暗森林は例えるならハリウッド映画のようなエンターテインメントだったが三体III死神永生は「星を継ぐもの (opens new window)」のようなミステリーハードSFで、趣向は違うがこちらも最高にエンターテインメントをしていた。

雲天明のおとぎ話を世界中の科学者で考証して解読するパートはミステリだし、なによりおとぎ話のメタファーが織りなす物語の多重構造が文学的で引き込まれる。

異星文明から投げ出された例のアレを打ち破る方法がアレしかなかった時は誰もが床に膝をついてやられた!と思ったことだろう…

SFは常に人間の想像力の指標であり、想像力のスケールの大きさはその時代のスケールの大きさと言っていいかもしれない。中国でこういったスケール感のエンターテインメントが作られるというのがある意味現代の中国を象徴している。

Netflixで映像化が決定しているがこちらも楽しみ。